2026/02/13 21:00

何かが、しっくりこない。
東京で大好きなファッションを学びながらも、どこか満たされない感覚がありました。
流れの速い洋服業界。
スロー気質な私は、そのスピードにうまく乗り切れていなかった。自分を活かしきれてなかった。
今なら、そうわかります。
そんな違和感の中で、
私は「あらゆる生き方」を探し始めました。
東京に暮らしていた頃、アシュタンガヨガを学びはじめ、その後、インド・リシケシへ。
伝統的なハタヨガを集中して学びます。
初めての海外への旅を終えた頃からヴィパッサナー瞑想のコースに何度も参加して、自分の内面を見続けています。
新しい叡智や知識を、貪欲に生活へ取り入れていきました。
本場のパーマカルチャーの暮らしを見たくて、オーストラリアにも長く滞在しました。
ヴィーガンだった時期。
ベジタリアンだった時期。
厳格なローフードを実践していた彼と過ごした日々も良い思い出です。
あの頃の私は、
「自分を知ること」
「体を見つめること」
そして、より平和に、快適に、健康的に生きることを、真剣に探していました。
やがて、生活に必要なものを自分の手でつくる日々が始まります。
畑に精を出し、土に触れ、
季節の変化とともに暮らす時間。
多くを学んだカナダでは、いわゆる“魔女暮らし”と呼ばれそうな環境で3年間を過ごしました。
ログハウスの家。
薪ストーブ。
コンポストトイレ。
セルフビルド。
コンポストから生まれた肥料を畑にまき、野菜が豊かに育つ。
すべてに無駄のない、理想的な循環の中にある世界でした。
フリーレンジの卵。
放し飼いの鶏たち。
夕方、暗くなる前には自ら巣に戻る姿。
アヒル、羊、グースたちとともに暮らす日々。
バンクーバーからフェリーを二本乗り継いで辿り着く、小さな離島。
自然の中で暮らす分、島にあるお店は本当に最小限でした。
日本の暮らしと比べると、「ないもの」のほうが多い場所。
けれど人は、ときに
“選択肢がないこと” に自由を見出します。
迷う時間がなくなる。
比べる対象が減る。
暮らしが、ただシンプルになる。
それ自体が、ひとつの幸せでした。
私はその島に恋をし、すっかり魅了されてしまいました。
キッチンファーマシーのようなシンプルなセルフケアは日常となり、
身近に育つハーブでスキンケアをつくり続けました。
そしてアメリカ・オレゴンで、
まさに「魔女」と呼びたくなるような女性に出会います。
彼女から学んだのは、
スキンケアクラフトを“暮らしに根づかせる術”。
それは特別な人だけの技術ではなく、
本来、誰もが持っていた「生活の知恵」でした。島の多くの女性は、意思的にも無意識的にもハーバルレメディを取り入れていました
オレゴンの彼女はその知恵を、無理なく、自然に、
生活と仕事の循環の中に置いていました。
商品の種類は100を優に超え、
その一つひとつが暮らし必要性から生まれたもの。
北米の人々が持つこの感覚を、
私は3年間、どっぷりと浸かりながら知らず知らずのうちに体に刻んでいました。
そしてその感覚を、日本へ持ち帰ることになります。
—— 次回へ続く。
